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まぁ、さしあたってそれはどうでもよくて、今回のテーマは表の16と52です。すなわち、ブログの執筆は大学教員の「業務」(所属組織からの報酬を対価とする労働)なのかどうか。
もちろん、所属組織からの業務命令がある場合は公式の業務ということになります。しかし、教員が自発的に、自らの裁量で、学生との情緒的一体感を高めるために、あるいは研究成果を社会に還元するためにブログを執筆する場合、それは所属組織の「業務」に当たるかのかどうか。
一般の企業においては、たとえ職員のブログが営業上のメリットをもたらしたり、企業イメージを向上させる広報上のメリットが生じている場合でも、業務命令がないかぎり、ブログの執筆は「業務」扱いにはならないでしょう。むしろ、就業時間内に執筆していれば、就業規則によっては職務専念義務違反に問われますし、会社の資産(PCやネットワーク)を不当に流用したということで横領扱いされることすらあります。ブログだけでなく、表の48〜53の「社会活動」は、いずれも企業では就業規則によって禁じられていることが多いです。職務専念義務を脅かす活動であると考えられているためでしょう。
ところが、大学教員の場合、これらの「社会活動」が教員評価の査定項目に挙げられていますし、第三者機関による認証評価でも審査項目に数えられています。いずれも、禁止されるどころか、教員の業績として評価され、積極的な活動を奨励されています。
では、ブログの執筆は、所属組織における「業務」といえるのか?
法律家がどう判断するかは分かりませんが、私見では、表の16の用途であれば「業務」であり、52(を含めた「社会活動」全般)は「業務」ではない。なぜなら、「社会活動」は研究者の倫理的責務として行うものであって、教員の仕事としてやるものではないというのが一般的な見解だと思われるためです。
「社会活動」が教員評価の査定項目に含まれているのも、教員としての職務を遂行する能力をあらわす指標のひとつだからであって、「業務」の一部だからというわけではないでしょう。「社会活動」をいっさいやらなかったからといって、評価が下がるわけではないのはそのためです。
ただ、実際にはそうキレイに線引きできるわけではありません。なぜなら、52の用途で運用されているブログであっても、実名で運用されていたり、学生たちにURLが周知されている場合、16の機能を併せ持つからです。
例えば、今月27日のエントリーで紹介した事例では、問題とされた先生のブログは私論を書き並べたものであると同時に、ゼミのウェブを兼ねていたようです。とすると、あのブログの暴論群は、ただホンネを書きなぐっただけでなく、「あたしは腹を割って話すから、学生たちも胸を開きなさい」というメッセージをこめていたのかもしれません。うーん、あの内容からすると、ちょっと好意的に解釈しすぎかな。
ともかく、大学教員のブログは、「業務」かどうかの線引きがたいへん難しい。大学教員の仕事自体、裁量が大きすぎてどこまでが「業務」といえるのかよくわからないのですが、中でも、ブログの執筆はビミョーな位置にあるなぁという話でした。
ちなみに、ぼくは完全に業務だと考えてこのブログを運営しています。書いている内容はぼく個人の見解ですが、この活動自体は第一義的に所属校とその学生たちのためです。副次的に専門知識を少しでも社会に還元できたらいいな、ぐらいの感覚ですね。大学のサーバーを利用しているのは、そういうわけです。したがって、万が一、執筆内容に大学側からクレームがついたら(そうならないように心がけてはいますが)、大学側の指導に従います。
それに対して、より専門的な研究内容を社会に還元するために、院生のころから10年以上やっている個人サイトの内容に大学側からクレームが寄せられたら、あらゆる手段を使って徹底的に闘うことになりますね。その辺の使い分けはきっちりやっているつもりです。
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うちの横は2方向が雑木林です。片方は大学の敷地で、もう片方は里山。